「変化を恐れない姿勢が、人生を豊かにする」 「Puddle」代表 建築家 加藤匡毅氏

   

日本を代表するクリエーターをゲストに招き、独自の仕事術を伺う本連載。 第三回は建築事務所「Puddle」の代表を勤める建築家の加藤匡毅氏。「IWAI OMODTESANDO」「DANDELION CHOCOLATE」など国内外のカフェを中心に手掛ける加藤氏だが、現在のキャリアに至るまでには挫折もあった。居心地の良い空間を生み出し続ける彼の仕事術、そして模索中だという次のステップとは。

   

Work

 

Photo: Nacasa&Partners | IWAI OMOTESANDO

 

Photo: Nacasa&Partners | IWAI OMOTESANDO

 

Photo: Takumi Ota | Dandelion Chocolate, Factory & Cafe Kuramae

 

Photo: Takumi Ota | Dandelion Chocolate, Factory & Cafe Kuramae

 

Photo: Takumi Ota | NEW STANDARD Office (TABI LABO)

 
   

interview

 

回り道をしたから多様な考えに触れる機会に恵まれた。

 

2012年に建築事務所「パドル」を立ち上げて以来、国内外の様々なカフェを手掛け、居心地の良い空間を生み出し続けている加藤氏。日本を代表する建築家、隈研吾氏の事務所からキャリアをスタートさせた彼は、さぞ建築一筋で歩んできたのだろうと思いきや、「昔は建築に情熱を持てなかった」という。   「隈さんの事務所に誘ってくれたのは大学の先輩でした。僕が模型を作るのが得意だったのを覚えていてくれたみたいで、卒業してもフラフラしていた僕に『暇なら模型作りを手伝いに来ないか』と言ってくれたんです。当時、僕は家具やインテリアに興味があったので、先輩と同じように隈さんの下でバリバリ建築を学んだわけではなく、在籍していた3年間、ただ毎日を楽しく過ごすことばかり考えていましたね。キャリアという意味では回り道のようなんですけど、良い意味の回り道だったと思っています」   というのも、現在の「パドル」に繋がる大きなきっかけであるインテリアブランド「イデー」と出会ったのは、隈氏の下で働いていた時のことだったからだ。

   

隈さんが手掛ける建築に特注の家具が必要ということで、イデーとの打ち合わせに同席させてもらったことがありました。そこで、この人たちはスーツも着ないで自由そうだし、お願いしていたものとはまったく違う家具を作ってくるし、一体何者なんだろうって興味が湧いたんです。他にも取引先はありましたが、イデーだけが違う雰囲気で。それで今はない南青山の本店に通うようになったんですけど、そこですごく衝撃を受けたんです」   2006年に移転のため閉店した当時のイデーショップ南青山本店は、緑溢れる外観に3つの異なる入り口があり、それぞれが独特な存在感を持つ印象的なショップとして知られていた。その建物を前に「この生き物の一部になりたいと思った」と加藤氏は振り返る。   「イデーはいろんな分野の専門家の集まりで、ずっと家具のデザインだけをしている人とか、花のことを考えている人とかがいる。そうした人たちが一つの空間を作り上げているから、いろんなクリエイティブが混ざり合っているんですよね。それがまるで生き物のように感じられたのが、初めての感覚でした」   後に隈氏に頼み込み、イデーに転職。5年間空間デザイナーとして勤める中で、様々な学びがあった。   「イデーは専門家の集合体だと言いましたが、そのいろんな分野の知識や考え方に触れられたことは良い経験でした。掛け算のアイデアの引き出しが増えたように思いますね。あとはアジアの国を巡って建築材料の仕入れを交渉したこともありました。そうやって『空間にまつわるもの全てをデザイン』するという僕が大切にしている思いが育まれていったような気がしています」

 

回り道をしたから多様な考えに触れる機会に恵まれた。

 

「会社員は性に合わないから30歳で独立する」。そう決めていたという通り、イデーで出会ったデザイナーと共に独立。加藤氏はこれを“一度目の”独立と呼んだ。二度目の独立である「パドル」を立ち上げるまでの8年間は「空白の8年間」だったというのだ。   「あの頃はまだ若かったですね(笑)。お客さんも同様に個人の若い人が多かったので一緒にDIYをしたりして、とにかく身内で楽しくやるっていうことに特化してしまったんです。あと、やったこともないまったく別領域の仕事を『多分できます!』ってやっていたこともありました。なぜかカメラマンとして写真を撮ったり、グラフィックやWebサイトを作ったり……。自分で経営している意識もあまりなく、とにかく無計画でしたね

   

そのままでも楽しく暮らしていくこともできたという。ただ、「これでいいのだろうか?」と自問自答することもあった。そんな加藤氏の意識が大きく変わったのは2011年。東日本大震災がきっかけだ。   「建物が崩壊してしまうのを目の当たりにしたとき、僕らが作ってきたものは、こうもあっさりと壊れてしまうものなんだと実感させられたんです。自分は何か世の中に残すことができているのか。そう考えたら、このままじゃダメだと思ったんです。体験や出会い、絆みたいな建物が壊れてもなくならないものを、空間を通して作っていくことができれば、誰かの幸せに貢献できるんじゃないかと」   その気付きは、現在の仕事にも大きく影響している。   「例えば空間を作るのは、音も要素のひとつです。今進めている都内の某ホテルのプロジェクトでは、部屋に東京の街の音から作った音楽を流すという試みをしています。さらに、部屋に合わせてデザインした真空管アンプも製作中で、様々な角度からその部屋に泊まった人にしか出来ない体験を提供できたらと思っているんです」

   

パドルではこれまで、「% アラビカ京都」や「ダンデライオン・チョコレート」をはじめ、多くのプロジェクトを手掛けてきた。クライアントの属性が個人から企業へと移り変わっていく中で、どんなことを意識したのだろうか。   「昔は依頼があったら1ヶ月半待ってもらって、コンセプトや模型、設計図も完璧に仕上げて『これ買ってください!』みたいに仕事をしていた時期もありました。でもパドルを立ち上げてからは、もっとスピーディでクライアントに寄り添ったコミュニケーションの仕方に変わりました。建築や空間は、引き渡した後に使う人が育んでいくもの。無用な夢を見せつけるのではなく、“一緒に考えて行きましょう”という精神が大切だと思っています」   コンペではなく、口コミで仕事を依頼されることが多いという加藤氏。夢を一緒に共有するようなワクワクするコミュニケーションが満足感を生み、次ぎに繋がっているのだろう。本人は「大したことをやっているワケではない」と笑うが、その積み重ねが今のパドルを作っていることは間違いない。

   

モノの価値は変わる。その時に何が出来るか。

 

インタビューの最中、「実は1年後くらいに事務所と自宅の引っ越しを予定しているんです」と教えてくれた。何でも、都心から離れたところに住まいを持ちたいと前々から考えていたそうだ。   「子供が小学校に上がるタイミングで、長野へ。家も建てているんです。東京から新幹線で一時間ちょっとだからアクセスも良いし、何より場所が持っている空気感というのがとても好きで。今後は向こうで衣食住の豊かさを熟成させつつ、次のステップへ向けて働き方も模索して行けたらいいですね」

   

その背景には、この先、場の在り方やモノの価値がどう変化していくのかといった、建築家としての未来予想があるようだ。   「味気もなく言ってしまうと、二極化が進んでいくだろうと想像しています。アナログで温度感のある距離を大切にしたい人たちと、デジタルをもっと活用して無駄を省き、時間も空間も飛び越えて豊かに暮らしていこうよ、という人たちと。それでいうと、僕は前者のタイプ。やっぱり同じ場所で時間と空気を共有しているからこそ生まれる心地よさってあるじゃないですか。その場所が作り出す見えない繋がりみたいなものは、今後ますます特別なものになっていくと思うんです」   「それに合わせて、いろんなモノの価値基準が変わっていくんじゃないか」と続ける。今まで良いと思っていたものがダメになったり、見えていたものが見えなくなったり。世の中や自分の状況次第でそういった価値基準が簡単に変わってしまうことを受け入れるのが大切だという。   「昔はたくさんインプットして自分の中に引き出しを多く持っておけば、当然いっぱいアウトプットできるだろうと思って必死だったんですけど、引き出しの中身の価値も変わる。そう思ったら、最近は焦らなくなりましたね。必要以上に気を張らず、流されてみるのも時に必要ですよね」   変わることを恐れない。その姿勢は様々な変化や出会いを経験してきた加藤氏らしい言葉だ。最後に、今後どんなものを創っていきたいと思うか、率直な考えを聞いた。   「良い映画や良い小説って、観たり読んだりした後はもうそれを知る前の自分には戻れないじゃないですか。そういう不可逆的な体験を作り出していけたらと考えています。カフェでもレストランでも、なんでもいいんですけど、僕にとってイデーがそうだったように、それこそが人生を豊かにしてくれるものだと思うので」

   

Column

 

日々を彩るプロフェッショナルの愛用品

 

プロフェッショナルたちが普段持ち歩いている必需品や仕事道具を見せていただきながら、モノに対するこだわりを紐解く。

   

クライアントへの提案の際、手書きしたスケッチを用いるという加藤氏にとって、一番欠かせない仕事道具はスケッチブックとタブレット。アナログとデジタルの両方を使い分けているそうだ。   「デジタルだけでもいいんですけど、ある時『これはマズい!』と思った出来事があって。スケッチブックで書き損じたときに、タブレットだと思って無意識に“フリック”しちゃったんですよ。デジタルに染まってしまったなぁって半分笑ったんですけど、間違えても取り返しが付くと思っていることに危機を感じまして。それでやっぱり不可逆的な事って大切だなと思うので、スケッチブックと併用するようにしたんです」

   

「クライアントに出向くときには必ずスケッチブックを持っていくのですが、こういったバッグはありそうでなかったですよね。これ以上大きいと手に負えないし、少しでも小さいと入らないっていう絶妙なサイズ感。色は、個人的に青が好きなので普段の荷物ともコーディネートができるのが嬉しいです」


     

「普段から持ち物の大半はグレー系なんです。昔はカラフルなものも好きで取り入れていたのですが、やっぱり大人になると落ち着きますよね。その代わり、今は自分の好きな青をワンポイントで取り入れるようにしているんです」 加藤氏の好きな「青」が引き立って見えるのは、他の仕事道具のみならず、ファッションも時計やサングラスといった小物までトーンが統一されているから。モノトーンに1色、色を取り入れるスタイルはyuhakuの考えとも通ずるところだ。   「その方が彩りがより強調されて、気分も明るく過ごせる気がします。その辺りはyuhakuさんのアイテムとも親和性があると思いますね」

   
   

Profile

 

加藤匡毅

一級建築士。工学院大学建築学科卒業。隈研吾建築都市設計事務所、IDEEなどを経て、 2012年にPuddle設立。現在、同事務所代表。 横浜市金沢区で幼少期を過ごし、歴史的建造物と新造された都市計画双方から影響を受ける。 各土地で育まれた素材を用い、人の手によってつくられた美しく変化していく空間設計を通じ、そこで過ごす人の居心地良さを探求し続ける。 主な作品に「IWAI OMOTESANDO」、「DANDELION CHOCOLATE」など。 2019年9月に学芸出版社より「カフェの空間学 世界のデザイン手法」を出版。 http://puddle.co.jp/

   

Information

 

『カフェの空間学 世界のデザイン手法』

 

世界中のカフェを集めた空間デザインの資料集『カフェの空間学 世界のデザイン手法』(学芸出版社刊)は、加藤氏が実際に訪れた約40軒のカフェが「なぜ居心地が良いのか」を読み解くビジュアルブック。豊富な写真とスケッチで設計者の視点から分析されており、加藤氏のデザインに対する考えにも触れられる1冊となっている。


 

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