「緊張感のある仕事をすることで、より成長していける」 ヘアメイクアップアーティスト 髙取篤史氏

   

日本を代表するクリエイターをゲストに招き、独自の仕事術を伺う本連載。第五回はヘアメイクアップアーティストの髙取篤史氏。まるで素肌のようなツヤ肌を作るメイク技術に定評があり、女優やタレント、モデルから多くの支持を集める。軽い気持ちで飛び込んだという美容の世界、そこには華やかな世界とは裏腹に、たたき上げのサクセスストーリーがあった。

   

Work

 

美的 Model:川口春奈 Photo:吉田崇

 

Oggi Model:飯豊まりえ Photo:五十嵐隆裕

 

SWEET × Calvin Klein Model:田中みな実 Photo:伊藤彰紀

 

GINGER Model:山田優 Photo 彦坂栄治

 

VOGUE JAPAN Model:中村アン Photo:五十嵐隆裕

 
 

interview

 

ヘアメイクを志すも、3ヶ月で訪れた試練。

 

今でこそ女優やタレントのヘアメイクを手掛け、広告やテレビCMなどの華々しい世界で活躍する髙取さんだが、郊外の美容室で働く一美容師だった。そもそも美容師になったきっかけ自体、今振り返るとたまたまだったという。   「小学校からの友人が働く理容室が、新しく美容室を出店するというときに誘ってもらって働き始めたんです」   しかし、働きながらも常にどこかに違和感があったという。「もっと自分に向いていることがあるんじゃないか……」。そんな折りに興味を引かれていたのがヘアメイクアップアーティストだった。きっかけは、“後ろの席の友人”。   「5歳上のその友人は、美容師免許を取るために通った専門学校で出会いました。お洒落で性格も良くて、そんな彼が目指していたのがヘアメイクでした。業界で活躍するアーティストに師事していて、いろんな話を聞かせてくれたのを覚えています。その時に初めてヘアメイクという職業があることを知って、華やかで格好いい世界に、素直に憧れましたね」

   

美容師として働きながらずっと感じていた違和感が、ヘアメイクへの憧れを加速させた。気持ちは日に日に増すばかり。そんな髙取さんが最初に取った行動は大胆なものだった。   「5年間勤めた美容室を辞めて、専門学校でメイクを学ぼうと思ったんです。ちょうど2000年の時で、どうなるか分からないけど、とりあえず“辞めてみないと始まらない”と思ったんですよね。それで勇気を出してオーナーに伝え、専門学校に応募しました。しかし残念なことに学校は募集人数が集まらず、今季は開校しませんってことになってしまい。おばあちゃんに頼み込んで入学金まで貸してもらったのに……」   でも、そんな時にも運が巡ってくるのが髙取さんの凄いところ。意気消沈していたとき、突然 “後ろの席の友人”から、こんな連絡があった。   「自分が独立をするから師匠がアシスタントを探しているんだけど、どう?」——。

   

これはチャンスとばかりに、すぐに飛び込んだ。ヘアメイクの仕事は朝早く夜遅いことも多いため、入学金を引っ越し資金に充てて、都心で一人暮らしも始めた。……が、しかし。   「試用期間のたった3ヶ月間でクビになっちゃったんです。確かにダメ出しされることもありました。とにかく緊張に緊張が重なって、空回りばっかりしてましたね。当時は若くて尖っていた部分もありましたけど、この3ヶ月をきっかけに、自分の表情や性格、言葉遣いも変わっていったと思います」   「期間は短かったですが、今思えば人との接し方など大切なことを経験し学びました」   何とか足を踏み入れたヘアメイクの世界。そんなに甘くなかったと実感しながらも、思い切って新しい環境に身を投じたことは、髙取さんにとって大きな一歩であり、大切なターニングポイントになったに違いない。

 

がむしゃらにしがみついた修業時代。現場でこそ生きた技術が学べる。

   

ヘアメイクを目指して奮闘するも叶わず、職を失ってしまったのは年の瀬が迫る12月中旬。とにかく次を探さなければ、暗澹とした気持ちで年を越すことになる。それだけは避けたかった。   「当時はネットなんて普及してないから、本屋に急いで駆け込みましたよ。雑誌で気になったヘアメイク事務所の電話番号を『マスコミ電話帳』(メディア・広告・芸能などに関する会社の電話番号を掲載した本)で調べて、片っ端から電話しました」   アシスタントを募集しているヘアメイク事務所があったとしても、メイクの経験がない分不利だった。   「なんとか面接までこぎつけましたが、『うちはメイクの学校じゃないんだよ』なんて言われてしまって。でも不思議なんですが、なぜか受かったんです。そこは雑誌やカタログをメインにしている事務所で、ヘアメイクが何人も在籍していました。その人たちのアシスタントという形で雇ってもらえることになったんです」   アシスタントの仕事は先輩たちのサポートが基本だが、優しく教えてくれる人もいれば、当然、厳しい人もいた。自信のあったヘアーの技術にもダメ出しをされ、何度も挫折しそうになったという。しかし、学ぶには絶好の環境だったと髙取さんは言う。   「とはいえ最初は右も左も分からない状態だったから、ファンデーションを厚く塗りすぎたり、色が合ってなかったりと致命的なミスをしたこともありました。でも、そういう失敗も含めて現場でリアルなメイクの技術を身につけられたことはとても有り難かったですね」   人によってメイクに対する考え方も違うし、使っている化粧品も様々。いろんな人のアシスタントに付くことで多様な技術を吸収出来たことは幸運だった。   「それと、現場で学べたことが一番大きかったですね。というのも、ヘアメイクの仕事で大切なのは、カメラで撮ったときにどう写るか、ということ。肉眼で見えている質感とはまるで違う仕上がりになるんです。こればっかりはスタジオの状況やライティングに大きく左右されるため、場数を踏んで意識しながら覚えていくしかありません。そういう練習が出来たのは有り難かったです」   2年半ほどの修行を経て、へメイクとして一人前になったな、と実感したのは、雑誌に自分の名前がクレジットされたとき。親に報告すると喜んで雑誌を買ってくれた。   「その後は、だんだんと手掛ける雑誌の数が増えていきました。『大変だからもう買わなくて良いよ』と親に伝えたときは、これでやっと安心させられたかなと思いましたね。それまでは家族に生活費を助けてもらったこともあったから、素直に嬉しかったです」

 

クリエイティブなことが求められる場に身を置くことが成長に繋がる。

人脈にも恵まれ、独立後は順調に仕事が増えていったという髙取さん。本人曰く「それでちょっと調子に乗ってしまったこともあった」というが、“これではダメだ”と気付いたのは、独立してから10年ほど経った頃。   「毎日楽しかったですけど、広告やCMなど新たなステージで仕事をしたいという気持ちが芽生えてきました」


   

志は大きくても、そう簡単に叶えられるものではない。お笑い芸人がステージで笑いを取れなければ次から呼ばれないように、ヘアメイクも一発勝負。そこで気に入られなければ次の仕事には繋がらない。どうやって今のようなポジションに辿り着いたのか。髙取さんが意識してきたことのひとつ目は、人との接し方だという。   「技術があることは当然として、それ以外のところで求められていることがたくさんあると思っていて。特にヘアメイクは清潔感が大切だし、“気遣い”みたいなところもすごくシビアなんです。自分は元来そういうことは得意で、センサーがピピピッと働くタイプ。そういう部分でも仕事が出来るかどうかを判断されてしまうことって、他の職業でもありますよね」   また、初対面でも打ち解けられるようなコミュニケーションの仕方も心がけているという。   「世間話とかをしながら共通項を探すんです。相手が反応したら、掘り下げていく。例えば相手の出身地の話になったら、○○行ったことある? とか、あそこに美味しいご飯屋さんあるよね、という風に共感を広げていくんです。それで、なんだか気が合うなって思ってもらえたらこっちも楽しい。だから、広く浅く知識はあるほうかもしれないですね」   「最初の師匠との付き合いは、実はお互いの自己紹介から始まったんです。師匠の“お互いを知った上で仕事をしたい”という理由からでした。その経験が生きているかもしれませんね」と髙取さん。

 

そしてもうひとつ、一番大切にしていることは緊張感を持って仕事をするということ。   「例えばCMの撮影の時などは色んな新しさが求められることもあり、また違った適度な緊張感があってやりがいがあるんです」   髙取さんが“もっと多様な仕事をしたい”と思ったのは、そういった自身の成長を見据えてのこと。新しいチャレンジを成功させるためには、様々な可能性を想定して準備しておく必要があるし、自分の技術も磨き続けなければならない。緊張感のある仕事は、自分の成長に直結するというわけだ。   そういった向上心が今の髙取さんに繋がっていることは言うまでもないが、将来に不安がないわけではない。  


 

「このコロナ禍ですごく実感したことは、5年後、10年後に『SNS時代に取り残された!』ってならないように、何をすべきかを今から考えておく必要があると思っています。最近では自分の得意分野を生かして、メイクの考え方を紹介するオンラインサロンを始めましたが、これが軌道に乗れば、また違った景色が見えてくるのかな。今後も色々とチャレンジしていきたいですね」

 

Column

 

日々を彩るプロフェッショナルの愛用品

 

プロフェッショナルたちが普段持ち歩いている必需品や仕事道具を見せていただきながら、モノに対するこだわりを紐解く。

     

その出で立ちやファッションから分かるように、シンプルでスタイリッシュなデザインを好む髙取さん。仕事道具も普段持ち歩いている小物も、同じく過度にデザインされたものはなく、こうして並べてみると非常に統一感がある。   「もちろん年相応に色々通ってきているから昔は派手なモノを好んでいた時期もありますが、最近はネイビー、ホワイト、ブラックの3色に落ち着いています。ヴィンテージものを長く愛用しているような人に憧れているんですけど、飽き性なので、ついついコスパの良いものを買ってしまう。今回その中でも長く使っているものを持ってきました」   マルジェラの財布にアイヴァンのメガネ、iPad proは、オンラインサロンやインスタグラムでライブ配信をするときに使っている。サロンメンバーの顔写真にペンで直接メイクのアドバイスを書き込んだりとフル活用しているそうだ。   「仕事道具を選ぶときもそうですが、一番重視しているのは機能性とシンプルさです。KINTOのタンブラーには毎朝自分でハンドドリップしているお気に入りのコーヒーを入れているんですが、飲み口が片手で開けられるんです。僕はいつも車移動なので、この機能はマスト。シンプルな見た目なのにちゃんと機能的っていうのが気に入っています」

   

そんな髙取さんに選んでもらい贈らせていただいたのが、すでに一ヶ月ほど使用してもらっているLuce e Ombraシリーズの名刺入れだ。光と影を意味するLuce e Ombraは 陽光を表す柔らかな印象の染色を施した後、さらに影を表した漆黒の染料による手染めを行い、一枚の革に二つの色彩を共存させている。選んだ決め手は名刺が約50枚収納できる容量の多さだという。   「広告やCMの撮影現場はとにかく人が多くて、1日に名刺が10枚以上なくなることがよくあります。これは容量は十分ですし、何より長く使えそう。飽きっぽい僕ですが、実は名刺入れの場合は一度しっくりくると長く使うタイプ。革の質感が革靴みたいでしっかりしていますし、これからの経年変化も楽しみです」

 
 

Profile

 

ヘアメイクアップアーティスト

髙取篤史

 

1978年、東京都出身。マネージメントオフィス「SPEC」所属。女優・タレント・モデルから多くの支持を集めるヘアメイクアップアーティスト。その人らしい持ち味を生かしながら女性本来の魅力や美しさを引き出し、まるで素肌のようにナチュラルなツヤ肌を作り上げる技術にとても定評がある。広告・CM・雑誌などを中心に多方面で活躍中。女優・川口春奈氏の公式YouTubeチャンネルに出演したメイク動画が話題に。2020年5月から「ヘアメイク髙取篤史 オンラインサロン」を開設。サロンメンバーの中からモデルを起用するなど、得意とするナチュラルなツヤ肌作りなどを中心に、メイク方法を理論的にわかりやすく紹介している。

 

SPEC https://spec-management.jp/


オンラインサロン https://community.camp-fire.jp/projects/view/278230


インスタグラム https://www.instagram.com/atsushi_hm/?hl=ja

 

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