Article
2020.10.01
インタビュー
日々の暮らしを彩るプロフェッショナルの仕事術 vol.6
「仕事を進化させ続ける“知の更新”のススメ」
スキーマ建築計画 代表 長坂常氏
日本を代表するクリエイターをゲストに招き、独自の仕事術を伺う本連載。第六回はスキーマ建築計画の長坂常氏。「Blue Bottle Coffee」や「Aesop」など、独創的でありながら居心地の良い空間を手掛けてきた長坂氏。家具から建築、まちづくりまで、扱うもののスケールはそれぞれだが、その裏側には、自身のクリエイションを進化させ続けるための一貫した考え方があった。
Work
HAY TOKYO / Photo:Masataka Nishi
Blue Bottle Coffee Kyoto Cafe / Photo: Takumi Ota
Aesop LUCUA 1100 / Photo: Kenta Hasegawa
DESCENTE TOKYO / Photo:Kenta Hasegawa
Ginza LOFT / Photo:Nacasa & Partners Inc.
interview
“自分で作る”ことの楽しさが建築への入り口だった
長坂さんの経歴を遡ると気になるのが、東京芸術大学で建築を学ぶ以前に明治大学を中退していること。実はここに建築家を目指した最初のきっかけがあったという。
「高校時代はラグビー一筋で、あまり自分の将来について考える余裕がなく、とにかく考えるより走れ! という昭和っぽい考えで進学したのですが、相性が合わずすぐに学校へ行かなくなってしまったんです。その後に始めたのが、今でいうイベンターのような事でした。映画監督や俳優、ミュージシャンやダンサーを目指している友人がまわりに多かったので、彼らを魅せる場を作れたらと、企画からお金集め、舞台作りまで色々やっていました。」
場を作ることの楽しさに目覚めてからは、内装工事のアルバイトをしながらイベントを手掛ける日々を2年間ほど過ごした。その中で友人の薦めもあり、建築を学ぼうと思うようになっていった。そして2年間の受験期間を経て、東京藝術大学の建築学科へ入学し、ようやく建築を学び始めることとなった。
「東京藝大では、何でも自分で作ることを実体験として経験できたのが、自分にとって一番大きな収穫でした。建築家は図面を引くのが主な仕事なので、自分で作るっていうことに対して消極的なのが普通の感覚だと思うのですが、自分はそうならなかったからこそ、今があると言っても過言ではありません。イベントでステージを作ったりするのが当たり前だったから、違和感なく受け入れられたのかもしれません」。
卒業後の進路も一風変わっている。通常であれば、当時はアトリエ系の設計事務所に就職し、建築を学びながら独立を目指すというのが一般的。しかし長坂さんは、同期の友人と2人でスキーマ建築計画の前身となる「スタジオスキーマ」をいきなり立ち上げたのだ。
「でも本当は本意じゃないとういうか、そういう流れになってしまっただけなんです。発端は、高校時代の友人に家具を作ってくれと頼まれたことでした。とある加工を職人さんにお願いするため、取り急ぎ名刺を作ることになり、どうせならそれっぽくしようと思い、たまたま手に取った本からスキーマという言葉見つけ、名付けたユニット名が『スタジオスキーマ』なんです。それが、『お前らアトリエ立ち上げたんだって?』とあっという間に友人たちへ誤解が広まってしまい……。これで続けなかったら、上手くいかなかったと笑われるのが嫌で、そのまま続けることにしたんです」。
新しい価値観を生み出した引き算の建築
思わぬ形でスタートすることになった長坂さんのキャリア。当時はITブームの真っ只中で、事務所を構えた渋谷界隈には、鼻息の荒い人たちが闊歩していた時代。手先が器用で何でもこなせた芸大出の3人は重宝がられたが、良い仕事など来るはずもなく、時にはウェブサイトのデザインなども受けたりしながら、独立当初を凌いだという。当然暇を持て余すことも多く、そんな時はオランダのドローグデザインの作品集に載っている作品をトレースしながら、そのデザインの意図などを考え、クリエイションの糧にしていたという。
「あの頃は、常にどこか焦っていましたね。何故なら、“あいつだけには負けたくない”と思っていた同級生たちが、どんどん良いステージで仕事をして有名になっていくんです。その反面、自分は何をやっているんだろうって。それでも有り難いことに人に恵まれて、2年目くらいには集合住宅の設計など、比較的大きな仕事をいただけるようになりました。時代も良かったんでしょうね。僕らみたいな若いのにも、とりあえずやってみてよって仕事を頼んでくれるんですから」。
「企業の社宅を集合住宅に改装する案件だったのですが、図面を引く予算もなかったので、HAPPAと同じようにセルフビルドしてみるか、と割と軽い気持ちで進めました。すると、床や間仕切り壁などを解体していく中で生まれた『残った既存のしつらえとスケルトン』という一般的にはアンバランスな感じが、すごく格好良くて。しかし、すぐにはその格好良さに自信が持てませんでした」。
なぜなら、建築とはその名の通り建てるものであり、長坂さんが気付いた“壊すことで生まれる引き算の格好良さ”というのは、前例がなかったこと。賃貸物件としてもこれで良いのか?という疑いを投げかけてくる人も多くいたという。そのなか、直感的にこの作品は近いところで見せていては正しい評価がくだらないと悟った長坂さんは海外に目を向け、「Sayama Flat」を海外のアワード(Bauhaus Award 2008)に出品した。すると、見事2位入賞。価値観が大きく動いた瞬間だった。
Sayama Flat / Photo: Takumi Ota
「一見古く汚いものも見方を変えると面白くなる、ということを、実はみんな知っていたのだと思います。工場地帯のパイプの剥き出し感とか、新宿ゴールデン街のアングラな雰囲気って格好いいじゃないですか。でも、そこにデザインが関わることはないと決めつけてしまっていただけなんですよね。これを面白がって見てくれた国がいくつかあって、いち早く反応してくれたのはオーストラリアやオランダの企業。それがきっかけで日本のアパレルからも店舗設計の依頼があったりと、Sayama Flatの前後で仕事も大きく変わりました」。
HAPPA / Photo:Takumi Ota/Ken Shimizu
産みの苦しみを、楽しいに変える“知の更新”という考え方
「HAPPA」と「Sayama Flat」を通して自分なりのスタイルを見出した長坂さんはその後、オーストラリアの高級スキンケアブランド「Aesop」やオランダのロイド・ホテルとタッグを組んだ期間限定ホテル「LLOVE」、コーヒーブームを牽引する「Blue Bottle Coffee」など、次々と話題性のあるクライアントの案件を手掛けるように。そうした中で、クリエイションの引き出し方もアップデイトされたという。
「HAPPAを手掛けて以来、よく意識するようになったのは“知の更新”です。知ることを更新する。つまり、知らないことを積極的に吸収しようとする姿勢や、やったことのない事を試してみる姿勢が、面白いものを生み出す秘訣だと思っています。新しいコンセプトを無理に生み出そうとする必要はなく、知の更新を続けていくことで自分の感性を磨けるし、仕事もアップデイトしていくことができるのではないでしょうか」。
「知らなかったことを知ることは自分だけの喜びではなく、多くの人と一緒に共有できること」と長坂さんは続ける。例えばクライアントとの打ち合わせでは、対等な立場で意見し合える雰囲気作りを心がけているとか。深いコミュニケーションが取れてこそ、本質的で新しい取り組みが見えてくる。常に第一線で新しいものを生み出していけるのは、常に正面から向き合っているからこそ、というわけだ。
「本当なら、型を作ってそれを繰り返していけば楽なんでしょうけどね(笑)。でも、それはしないと決めているし、そもそも出来ないんですよ。既存の建物を生かして設計する場合には、現場でしか判断できないことがたくさんあります。この壁を生かそうと思っていたら、翌日には崩れていたなんていうハプニングもザラですから。そんな中でも最後までやれることをやりきるのも大切。結局クライアントや施工会社に面倒を掛けてしまうことも多いですが……(苦笑)。毎回ゼロから考えるのはものすごく大変ですけれど、普段から知の更新を意識することで、それも楽しめるようになりました」。
長坂さんの仕事に対する考え方には非常に前向きな印象を感じる。しかし、悩みがないわけではない。近年の働き方改革の影響を大きく受け、時短とクリエイティブの質をどう担保するかということには日夜腐心しているという。
「昔は建築家といえば憧れの職業で、どんな環境でも働きますみたいな時代もありましたが、まさか効率化が求められるようになるとは思いもしませんでした。今は限られた短い時間の中で、それでもちゃんとクオリティを上げていかなければならない時代です。現在スキーマ建築計画は20人くらいの規模ですが、3チームに分けて指揮系統を整理してみたり、自分1人で19人を見るようにしてみたり。結局今は半分チームのような形に落ち着いています。働いてくれているスタッフにも意見を聞きながら、とにかく今は試行錯誤しています」。
そんな変化の中にあって、建築の未来は、長坂さんの目にどう映っているのだろうか。最後に、そのビジョンについて聞いてみた。
「これからは、会社という組織に固執せず、もっと柔軟に人と人が繋がってものづくりをする時代になっていくんじゃないか、と感じています。建築の場合、何かあったときの責任問題がシビアなのがネックではありますが、今はネットを介していろんな環境をシェアできる時代ですから、活用しない手はありません。知らない土地で知らない人と仕事をすることで新しい発想も生まれるでしょうし、知の更新という観点からも、そういった働き方に期待したい。これから、どうしたらそれを実現できるのかを少しずつ考えていきたいと思っています」。
Column
日々を彩るプロフェッショナルの愛用品
プロフェッショナルたちが普段持ち歩いている必需品や仕事道具を見せていただきながら、モノに対するこだわりを紐解く。
「僕はモノを所有する自信がないんです」。いきなりそう教えてくれた長坂さん。なんでも昔、お気に入りの自転車を二回盗難されたことがあり、そんな風に思うようになってしまったのだとか。ただ、自信がないからと言って、もちろん何も持っていないわけではない。むしろ持ち物を選ぶ基準ははっきりとしている。
「モノを買うんじゃなくて、アイデアや機能を買うという風にいつも考えています。モノに対する愛着で選ぶのではなくて、必要だから買う。仕事道具などは言わずもがなですが、例えば自転車は自宅からの通勤や打ち合わせ先や現場までの移動に使っているもの。折り畳み式なのは、仕事帰りにお酒を飲んだ際、タクシーに載せて帰れるサイズで考えました。実際に使ってみるとかなり便利で、先日は京都出張に持っていったりと活用しています」。
また、サドルに掛かっているのはなんと水着。泳ぐのが好きで、川や海など水辺を見かけたら泳ぎたい衝動にかられるのだとか。すぐに泳げるよう、よく持ち歩いているそうだ。KEENのサンダルも水陸両用タイプなのはそれが理由。なんと1年の内、6ヶ月くらいはオンシーズンだという。
さて、こうして愛用品を見てみると、黒が多いことに気が付く。何か理由があるのだろうか。
「本当はもっと色を取り入れたいんです。色の組み合わせには結構うるさくて、家を出てからこの色なにか違うな、と思うと一日中ブルーになるくらい。今は忙しくて色を気にできるほど余裕がないので、必然的に身につけるものは黒ばかりになってしまうんですよね」。
そんなこだわりが強い長坂さんに選んでもらい贈らせていただいたのが、コードヴァンを使用したDiamantシリーズの二つ折り財布。最高品質を誇るタンナー、レーデルオガワのコードヴァンを手染めで仕上げたものだ。
「奥行きのあるグラデーションがとても綺麗だったので選びました。個人的に濃紺は好きな色なので、これは普段から取り入れたいですね」。
Profile
長坂常
スキーマ建築計画代表
1998年東京藝術大学卒業後にスタジオを立ち上げ、現在は北参道にオフィスを構える。家具から建築、町づくりまでスケールも様々、ジャンルも幅広く手掛ける。どのサイズにおいても1/1を意識し、素材から探求し設計を行い、国内外で活動の場を広げる。既存の環境の中から新しい価値観を見出し「引き算」「知の更新」「半建築」など独自な考え方で、建築家像を打ち立てる。
代表作
「Sayama Flat」(2008年)、「奥沢の家」(2009年)、「HANARE」(2011年)、「Aesop」(2011年~)、「Blue Bottle Coffee」(2015年〜)「HAY TOKYO」(2018年)「D&DEPARTMENT JEJU by ARARIO」(2020年)「黄金湯」(2020年)などがある。
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